、その栗の山には、青いチョークで達筆に『最良タンジールス産密柑二個一ペニイ』という札がさしてあった。密柑の方には『最上ブラジル産栗一合四ペンス』と書いてあった。ヴァランタン氏はこの二つの札をじっと見据えた。そして、さっきも可笑しなことに出合ったばかりだのに、またすぐここでこんなことに出合ったことを意味ありげに考えた。彼は仏頂面をして表の往還をながめている赤ら顔の主人公に、そのことを注意した。が、亭主は一言も言わずに、ぶっきらぼうにその札を置きかえた。探偵はステッキに倚りかかりながら、しきりに品物を見廻していたが、最後にこう言った。
「もしもし、まったく失礼な申し分ですが、実験心理学上観念の聯合という事から、ちょっとお訊ねしたい[#「お訊ねしたい」は底本では「お訪ねしたい」]したいことがあるんです」
 赤ら顔の亭主は、恐い顔をしてヴァランタンを見つめた。が彼はステッキを振り廻しながら愉快げにつづけた。
「ところで、御主人、日曜にロンドン見物に来た田舎者の帽子じゃああるまいし、青物屋の正札が入れ違ってるなあ、一体どうした訳なんです? でなけりゃ、私にもはっきりしている訳ではないが、この密柑
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