ですよ」
「何だって、二人連れの坊さんだって?」
「ええそうです」と給仕は言った。「あの壁にスープをぶっかけた」
「壁にスープをぶっかけたんだって?」とヴァランタンがくり返した。こいつは妙な話しになったわいと思いながら。
「そうです。そうです」と彼はやや亢奮《こうふん》して白い壁紙を張りつめた上についている黒い飛沫《ひまつ》を指さしながら、「あの壁にぶっかけたんですよ」と言った。
 ヴァランタンは改めて、主人の説明をもとめるように彼を見た。主人はくわしく話しはじめた。
「その通りでございます。もっとも私には、これが砂糖と食塩との入れ違いに、どんな関係があるかわかりませんですが。今朝ほど早く二人連れの坊さんが、まだ店もあけるかあけない頃、お見えになりまして、スープを召し上がって行ったのです。二人とも大へんもの柔かな相当地位もおありの方のようでした。一人の方《ほう》が勘定をして、さっさと出て行《ゆ》くと、もう一人の方《かた》は、持物があるので、いつまでもまごまごしていられましたが、やっとのことで出ておいでになりました。その時のろい手つきで、まだやっと半分しか飲んでいないコーヒー茶碗をとりあ
前へ 次へ
全44ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング