るのである。もし何等の手掛りをも持っていないならば、それは最もよい道にいるのだ。その訳は、もしどこかに、追跡者の眼につく様なおかしなものがあるとすれば、それは追跡される者の目についたはずだからである。人はどこからか始めない訳には行《ゆ》かない。だから人が終ったところから初めれば、それだけで大へん有利なのだ。店に上る正面の高い石段の有様や、料理屋のひっそりとした、古風な様子が、何とはなしに、探偵の稀代のロマンチックな想像をかりたて、彼をして何か仕事をはじめさせるようにしたのであった。探偵は階段を上って行った。そして窓のかたえに坐って、ミルク抜きのコーヒーを一杯註文した。
 朝も、もう半ばを過ぎていたのに、彼はまだ朝食をしたためていなかった。その辺のテーブルにちらかった朝食のあとを見ると、さすがの彼も空腹が身にしみた。で、さらに「落し卵」を註文して、コーヒーに白い砂糖を面白そうに入れながら、さてフランボーのことを一わたり考えたのである。彼はフランボーがある時は爪取り鋏で、あるときは火事にまぎれ、ある時は切手のない手紙に不足料金を払ってる間《ま》に、ある時はまたこの地球に衝突するという彗星を
前へ 次へ
全44ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング