いなかった。フランボーは、ハーウィッチで見失われてしまった。そしてもし彼が既にロンドンに巣くったとしたら、彼はウィンブルドンの公有地に住む丈の高い無宿者から、メトロポール・ホテルにいる丈の高い宴会の主人公に至るまで、あらゆる人間になりすましているに違いない。こうした盲滅法な状態において、ヴァランタンは、彼一流の目のつけどころと、またその捜査法とを持つのであった。
こういう事件にぶつかると、彼は思い設けぬものを便りとするのであった。こういう場合、彼は、合理の道順をたどれなくなると、不合理の間道を、沈着にまた用心深くたどるのであった。普通なら真先きに行《ゆ》くべき、銀行、警察、密会所等へ這入りこむかわりに、彼はちゃんと順序を立てて、見当違いとも覚しい場所へ行《ゆ》くのであった。空家と見ると片っぱじからさぐってみたり、袋町という袋町に踏み込んだり、ゴミゴミした小路《こみち》をうかがったり、結局とんでもないところに出てしまう曲り路に這入りこんだりした。彼はこの狂気《きちがい》染みた方法をまったく論理的に弁護した。彼の言うところによると、もし我々が何等かの手掛りを持つならばそれは最も悪い道にい
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