を致しておる。お出向きか、南か、北か?」
「双方からじゃ」
 大作は、微笑して
「大勢、見えられたのう」
「神妙に致せ」
「はははは」
 大作は、笑った。
「召捕れ」
 門際にいた曾川が叫んだ。後方《うしろ》の方の役人が、得物を構えた。
「着替え致す間、猶予願いたい」
 曾川が
「成らん」
 と、叫んだが、真中の与力が
「誰か、ついて参れ」
 と、叫んだ。
「狭いところゆえ、大勢は困る。両三人見届けに蹤《つ》いてくるがよい。誰がくるな」
 大作は、いつもの鋭い眼で、見廻した。誰も、動かなかったし、答えもしなかった。
「踏込め、踏込め」
 曾川の声であった。大作は、その声の方を見た。藤川が[#「藤川が」はママ]眼を外《そ》らしめた。
「その方」
 と、大作は、前から二列目に、俯いている右源太へ、眼をやった。朋輩が、右源太の背を突いた。顔を挙げると、大作の眼が、じっと睨んでいた。右源太は、さっと、蒼くなって、膝頭が顫えてきた。
「その方、いつか、国許で、逢うた仁じゃのう、顔見知りに、ついて御座れ」
 朋輩が
「行けっ」
 と、背をつついた。
「怖いか?」
「何?」
 大作が
「心配することは無い。役人の一人や、二人斬ったとて、何んになる」
 右源太は
(そうだ。大作は、そういう人間だ)
 と、思った。そして
「参る。拙者、参ります」
 と、叫んで、憑《つ》かれた人のように、ずかずかと、玄関へ進んだ。
「よし、一人でよい。それとも、もっと参るか?」
 と、いったが、誰も、答えなかった。大作が、奥へはいると共に、右源太は、敷居につまずきながら、ついて行った。

    三十二

 大作は、帯を解きながら
「あの時の男か?」
「はっ」
「あの時は、危なかったらしいの」
「はっ」
 庭の方に、役人が立っていたが、大作と、右源太とを、じっと眺めていた。与力の一人が、走ってきて、何か囁いて、そのまま、二人に眼をやっていた。右源太は、厳粛な顔をして、立ちながら、小声で
「はっ、はっ」
 と、答えて、腋《わき》の下に、冷汗を流していた。大作は、薄い柳行李から、袴を出しながら
「あの節は、拙者を調べにでも参ったのか」
「はっ」
「わしがおったのでよかった。もしおらなかったなら、撲《なぐ》り殺されていたかもしれん」
「忝のう[#「忝のう」は底本では「悉のう」]存ず――」
 と、までいって、右源太は、頭を下げて、周章てて、又上げた。大作は、帯を締めて、袴をつけて床の間の刀をとった。右源太は、眼を閉じていた。
「刀はあずかるであろうな」
「はい」
「では――」
 大作が、大刀を、右手で、差出した。
「はっ」
 右源太は、両手で受けた。三尺余りの、長くて、重い刀であった。
「拙者一人に、大勢がかりで、ちと、見とむないの。そうは思わぬか」
 と、いいつつ、四辺を見廻して
「何も無し」
 と、独言をいった。そして
「御苦労――はははは、少し、蒼くなって、顫えているの」
「はっ」
「役人などに、恨みは無い。恨みの無い者は斬らん。妨げるなら、格別、志を達した上はのう――その方一人の手でも、召捕らえられてよい――何うじゃ」
 と、大作は、微笑して
「縄をかけるか」
「いいえ」
「その胆もあるまい」
 大作は、そういって、ずかずかと、玄関の方へ出て行った。
(しまった。縄をかけたらよかったに――いや、この調子なら、頼めば、首でもくれたのに――えらい物を逃がした)
 右源太は、頭の中一杯に、残念さを感じながら、刀をもって、小走りに、玄関へ走って出た。
「道を開けい」
 大作が、叫んだ。役人が、道を開けた。
「脇差をとれ」
 与力の一人が叫ぶと
「武士の作法を御存じか、それとも、縄にかけるか?」
 大作は、佇《たたず》んで、じっと睨みつけた。右源太が
「刀は、あずかっております」
 と、両手で、捧げてみせた。与力の一人が
「神妙の至り、一同、十分に警固して、このまま送れ」
 と、叫んだ。右源太は
「重い刀だ、何うだ、誰の作か、判るか」
 と、笑いながら、朋輩に話かけたが、朋輩達は、黙って、人々の波と一緒に、歩き出した。
(ざまあみろ。俺の手柄を見ろ。運のいい人間って、こんなものだ)
 見知らぬ役人が
「よい度胸で御座るな。今日の手柄は、御身が第一。褒美が、たんと、出るで御座ろう。お羨ましい」
 と、いった。一人の役人が
「その刀を一寸」
 と、いって、そっと、鯉口を抜いてみた。朋輩の外の役人は、右源太の周囲へ集っていた。与力の一人が
「見事な刀だの、貸してみい」
 と、声をかけて近づいた。右源太は
(もう、大丈夫だ。贋首を討ってよかった。本物が捕えられて、俺が、これだけ手柄をした以上、贋首と判っても、心配は無い。しかし、大作め白洲で、喋りはすまいか――いや、あれほどの豪傑
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