、早く刺客を出して殺してしまわ無かったのか? 大作に、あんな真似をされちゃ、まるで恥の上塗りではないか?――だから殿様が、二人もつづけて殺されるのだ)
女狩は、いろいろと、上のことを考えている内に
(勝手にしろ)
と思った。そして
「馬鹿共っ」
と、呟いた。
「俺のことをとやかくいえるか?」
女狩は、こう口へ出していってみて
(第一、幕府からして、いい加減なことをしているでは無いか。檜山の横領など、世間もよく知っている横領だ。上で、こんなことをしていて、俺のことだけ咎める?――そんな理前《りまえ》に合わんことがあるか? 第一、曾川甚八が町人からの附け届けで、妾宅を構えているでは無いか?)
右源太は、曾川の妾と、自分の水茶屋の女とを較べて
(あんな妾に、大金を使いやがって――)
と、軽蔑した。
(大体、朋輩共も朋輩共だ。俺の出世を嫉んで、俺を陥れて手柄にしようなどと――仮令《たとい》贋首でごまかしたって、俺は、大作を討ちに行っているぞ。それだけでも、俺の朋輩中では、俺が一番えらいのだ)
右源太は、そう考えて、いつか、大作の姿をみた時の、百姓家のことを思出した。
(田舎の奴は、気も、腕も強い。本当に、あの時は、恐ろしかった。大作は、江戸でも人気者だが、江戸で、彼奴を討取ったって、誰も、俺を殺しはすまい。お祭り騒ぎをしているだけだからなあ――一つ、大作を、討取るか? 本物の大作を――)
右源太は地下で苦笑し、憤っている、兄の顔を想像したが
(兄の意気地無しめ――俺を、恨む度胸があるか?)
右源太は誰よりも、勇気があって、誰でもしている位の誤魔化ししかしていないのに、一寸したことからでも、手柄を覆《くつがえ》そうとしているらしい人々に、腹が立ってきた。
(大作が怒るのは尤もだ。檜山のことなど、奉行所へ訴えたって、勝てるものでは無いからな。お裁を見ていたって、町人には厳しいが、少し羽振りのいい、旗本だと、邸内の博奕《ばくち》位は、皆大目に見ている。それが今の時世だ。俺が、大作だったって、津軽を殺すより外、腹のもって行きどころが無いだろう。大作がえらいって――当り前だ。あいつ一人が人間らしいのだ)
右源太が、こう考えてきて、自分の運命のことを忘れかけた時
「女狩」
と、表に呼ぶ声がして、戸が叩かれた。召使の爺が
「はい」
といって、開けに行った。女狩は、顔色を変えて、布団へもぐった。そして
(いよいよきた)
と、思った。
二十八
「何故、正成は、死んだか? 討死をしたか? 死なずにすむ戦であったか、免《まぬが》れぬ戦であったか、は、別の論議としておいて――」
大作は、師範席の上へ、布団も無しに端坐して、書見台を前に、道場の板の間に坐っている人々を見廻しながら、講義をしていた。
「つまるところ――身を滅ぼして、志を千載に伝えるという心懸けからであった。もし、正成が、尊氏|謀叛《むほん》の前に――即ち、功成り、名遂げて、病死してしまっていたなら、正成の一生としては、仕合せであったであろうが、果して、千早挙兵の志が、今日の如く伝わったであろうか。ここだ――」
外は、明るい陽であったが、高い、狭い武者窓からしか入って来ない光に、道場の中は、静かに、落ちついていた。門人達は、膝一つ動かさず、咳一つせずに、聞いていた。大作は
(いつ、召捕らえられてもいい、誰かの胸に、このことは、刻まれるであろう)
と、考えていた。
「正成は、それを知っていた。だから、河内の一族に、十分、後のことを頼んでおいて、自らは、大義大道のために、死をもって、その志を鼓吹したのだ。湊川の悲壮な戦――七百騎で十万騎と戦った十死無生の、あの合戦。この悲壮な合戦、この凄愴な最期があったればこそ、正成の志は万古に生きることになった。人は、この戦を思うと、楠氏の志は必ず、思出す。即ち、正成の志は元弘、建武の御代を救うにあっただけでは無く、万代、人の道を教えるのにあったのだ」
門人達は、頷いた。
「拙者の志は、正成公と、比較にならん位小さい。然し、一死以て、君国に報じるだけの決心は致しておる。何時召捕られる身かしれぬ拙者として、皆に申残しておきたい。第一のことはこの心掛けじゃ。碌々として生を貪る勿《なか》れ。三十にして死すとも、千載に生きる道を考えよ、と、これ平山子龍先生の教えにして、又、拙者自ら、いささか行うたところの道である」
大作は、よく澄んだ大きい声で、説いて行った。徳川二百年の間に、比類無き、放れ業をした関係から、目の当り、その志を聞いた人々は、身体を固くして、聴入っていた。
武者窓から覗き込んでいる小僧、町人、職人達は、耳を傾けたり、一心に大作の顔を、よく見ようとしたりしていたが、門人達の静粛なのを見て誰も、一言も口を利かなかっ
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