来かかった津軽の行列は槍を傾け、挟箱持は濠端《ほりばた》へ逃げ、駕籠《かご》はよろめきながら、人数の乱れる脚の真中に――そして、柳の木の下には白い硝煙が、薄く立ち昇っている。
「津軽だ」
と、挟箱の金紋を見た侍が、叫んだ。
「津軽さんだ、津軽さんだ」
群衆は口々に、叫んだ。
「相馬大作じゃないか」
と、いった時、橋の下に、動揺している侍、白刃、その中に囲まれている人があるらしく
「津軽近江を討取ったのは、相馬大作じゃ。檜山横領の不義をたださんがため、相馬大作津軽公を討奪《うちと》ったり」
群衆は、わーっと喚声を挙げた。津軽の駕籠は、すぐ、角の、酒井出羽の邸へ、押されるように入ってしまった。挟箱、草履《ぞうり》、御槍の人々が、そのあとを、追って行った。駕籠脇の侍が二十人余り、橋の下の一人を取囲んで、白刃の垣を作っていた。
「やれやれ」
と、群衆が叫んだ。いろいろの人々が、四方から集ってきた。
「津軽が、討たれましたかい」
「さあ」
「何んしろ、大砲を打ち込んだからねえ」
「じゃ、駕籠は、木《こ》ッ葉《ぱ》微塵でしょうな」
「どこへ飛んじまったか、形も無《ね》えだろう」
「成る程ねえ」
橋の内部から、七八人の、棒をもった人々が、走ってきた。
「お役人だ」
「相馬大作ってのは、討たれたって話だが」
「何んの、影武者が、ちゃんと、七人あるんだ」
「じゃあ、この大作は?」
「これが、本物さ」
「あとの六人は?」
「今、昼寝している」
役人が、走ってきて
「神妙に」
と、声をかけた。
二十二
関良輔の、相馬大作は、甘酒屋の荷と、柳の大木を楯にして、脇差を抜いていた。誰も懸け声だけで近づかなかった。役人がくると同時に、自分達は、じりじりと退いた。役人は、棒を構えて
「神妙に致せ」
と、叫んだ。幸橋の方から、霞ヶ関の方から、群衆と、役人とが――馬上で、徒歩で、それから、その近くの邸の人々は、足軽を出して、群衆を追っ払い始めた。
「神妙に致せ」
という声が、いつまでもつづいていた。関良輔は、人々が、十分に集ったのを見ると
「白沢の関より届にも及ばずして、参覲交代の道を変更したる段につき、上より咎めあるべきはずを、沙汰の無き、これ一つ。津軽越中守を、国境の渡場にて討取ったる上は、家改易に処すべきに、これまた、咎めの無きこれその二。第三に、天下周知の檜山横領の件。この三つの大罪を犯したる津軽を依怙《えこ》贔屓によって、処断せざること、天下政道の乱れ、これに優ること無し。いささか、南部に縁ある者として、また、天下を憂える者として、ここに、白昼、お膝下、衆人環視の内において、津軽近江を討取ること万人が、その証拠人であろう。これによって、津軽を処分せずんば、信を天下に失うものと知るがよい」
関良輔は、赤くなって、絶叫した。群衆の中から、幾人もが頷いた。
「無益の殺生は致さん、思うこと申したる上は尋常にお縄を頂戴致そう」
良輔は、こういって、脇差を鞘へ納めて、荷の上へ置いた。
「神妙に致せ」
一人が、棒を突出して、じりじりと寄った。一人が、素早く、後方から、組みついた。と、同時に、役人と津軽の家来とが、飛びついた。髻《もとどり》をつかんだ。脚を蹴った、役人が
「無法なっ」
と、叫んで、津軽の者を、突きのけた。
「馬鹿野郎、津軽の馬鹿っ」
と、町人が、叫んだ。
「卑怯者っ、武士かっ、それでも武士かっ」
と、一人の侍が、走り寄った。良輔は、血を流し、髪を乱して微笑していた。役人は、津軽の人々の手から、良輔を守って、橋を渡りかけた。
群衆は役人に追われつつついて行ったり、出羽の邸をのぞいたりして、だんだん数が増してきた。甘酒の荷と、短銃と、脇差とをもって、役人は、奉行所の方へ走った。
「志士というべしじゃ」
と、老人の侍が呟いた。
「大作は、もっと、痩せて、身丈《みたけ》が高いと聞いておったが――」
と、一人が呟いた。その群衆の、後方の方で
「大作――大作が――本当かの」
と息を喘《はず》ませて、右源太が、人に聞いていた。そして、群衆の中を、走って行った。新らしい橋へ来た時、もう、大作の姿も、役人の姿も無かった。
(大作の畜生っ、何んて、大胆な――こんな所へ現れて――畜生っ、俺は、じっとしておれなくなったぞ、百石どころか、元も子も、棒に振るか、振らんか――畜生)
右源太は、脣を噛みながら、濠に沿うて歩き出した。
(ここは、濠だが――いつか、南部の方へ、ぼんやりと、歩いて行った時は、こんな気持だった。あれから二ヶ月しか経たぬのに、又――俺は、何うすりゃいいんだ。俺の考えておいた弁解が通るか通らぬか――通らなかったら――)
右源太は、蒼い顔をして、俯きながら、まだ、だんだん増してくる群衆の中を、当てもなく歩い
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