まれないように、人通りのあるのを、待とうと思って、人家の軒下へ入ってしまった。

    四

「爺《とっ》つぁん、寒いの」
 吉右衛門は、煮売屋へ入った。薄暗い土間に立って、竈《かまど》の火に、顔を照らしている老人が
「これは、お寒いのに、お早くから」
「何んでもいいから、一本つけて――」
 吉右衛門は、鍋の下から、運び出してきた火に手をかざしてから、濡れた草鞋を、脱いで、店の間へ上った。
「奴さん、お一人かえ」
「うむ――葛西まで、お使の、戻りだ」
「この雪にのう」
 吉右衛門は、鰊と、味噌汁と、酒とを前にして
(うまい――ああうまい。久し振りで、しみじみと、打解けて味わえる。酒を飲んでいても仇討。飯を食っていても仇討――一体、仇討をして、何んに成るんだ。士ならとにかく、こんな下郎が?――人の真似をした、猿の物真似だ、と、そういわれたって仕方がない。実際、物の役にも、何んにも立たないんだから――附人に斬られてしまうか、吉良の小者と、囓《かじ》りっこをして、鼻の頭でも、食いちぎられるか?――下郎は、下郎らしく――)
 快く、胃へ通って、血の中へめぐっている酒を、微笑して、首を傾けて

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