、広々とした空が見える所まで出ると、何んの物音も聞えないし、人の走りもなかった。
(今夜は、宵から、死ぬことばかり考えていたが――こうして、江戸を見ると、人間、こんな面白い世の中に、生きてなけりゃ損だ。俺は、ここ一二年、侍の化物に憑《つ》かれていたんだろ。下郎の癖に、仇討などと――そして、お仕舞いまで、下郎扱いにされて――大損したぞ、畜生。――それでも、醒めてよかった。馬鹿馬鹿しい。仇討をしたところで、又、俺は、下積みにされてしまうか、それとも下郎なんか入っていては恥だと、あの安兵衛など、斬りやがるかも知れない――悪い夢を見ていたものだ。人を恨もうよりも、下郎の分際で、士の仲へ入ろうとしたのがいけなかったんだ。下郎の手まで、借りたといわれちゃ、恥だからな。そうなんだろう。俺に、こんなに、小粒をくれるのは、逃げろって、謎だったのかも知れねえ――いい景色だ。これで、からっと晴れりゃ、いいお正月がくるんだ。仇討よりゃ、お正月の方が、余っぽど景気がいいや)
 吉右衛門は、暫く、橋に凭れて、ぼんやりと、考え込んでいた。
(もう、そろそろ早立ちの旅人の通る時分だろう)
 吉右衛門は、橋番所から怪し
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