ばら》く、門の閉まったのを、睨みつけていたが、俯いて、歩きかけた。そして、両袖に縫つけてあった合印の布を、力任せに剥《は》ぎとって、泥溝の中へ、叩き込んでしまった。

    三

 邸内に、幅の広い、どよめき、それから、部屋の中でらしい、鋭い懸声、喚声、板の踏鳴らされる音、障子にぶつかる音――それと一緒に、隣家の邸内にも、物音が、あちこちに起ってきた。吉右衛門は、
(見付かったら、大変だ)
 と、思った。そして、鎖鉢巻を懐から出して、泥溝へ投込み、羽織の下の方に縫つけてある合印を手早く剥がして、雪の中へ棄ててしまった。そして物音に、気を配りながら、吉良邸の側を離れた。
(今時分、うろうろしていて、見廻りにでも怪しまれたら大変だ)
 と、思って、暗い、軒下へ入って
(その内、大騒ぎとなりゃ、それにまぎれて逃出しゃいい)
 手も、足も凍えてきた。手を、懐中へ入れると、内蔵之助のくれた金包に触った。吉右衛門は、紙の上から掴んでみて、
(小粒なら相当にある)
 と、思った。そして、掌へ乗せて、重さを考えてみた。
(金にすりゃ十両ほどがとこ、重みがあるぞ)
 そう感じると同時に、左右を注意して
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