―」
「ええ? 吉良上野を――」
吉右衛門は、瓦版を、三通取出して
「所々、字がまちがっておりますが、太夫様、以下四十七人、一人残らず無事で――」
妻は、薄く涙をためて、蒼白《あおざ》めた顔になっていた。吉右衛門は
(俺の逃げたことがばれても、一番先に、こうして知らせておけば、罪亡ぼしになる)
と、思った。
「お前も、この中へ入っていなさるのう」
「いいえ、手前は、ほんのお供で――」
「詳しい話を聞きましょう、さ、上って――これ、すすぎを早う」
「いいえ、これから、華岳寺へ参りまして、また江戸へ」
「江戸へ?」
「何う処置がきまりますか、皆様の御先途を見届けたいと、存じまして」
「それにしても、一寸上って、そして、主税は、働きましたかえ」
「ええ」
吉右衛門は、頷いて
「何んしろ、皆様御無事で、こんな目出度いことは御座りませぬ。江戸は、もうこの噂で持切りで、日本一の忠義の士だと、奥様、追々、ここへも知れて参りましょう。随分、御苦労を為さいましたが――」
吉右衛門は、そういいながら
(この人も、下郎も、丁度同じだ。どっちも、人間扱いにされずに――そして、されなかったから、一番い
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