さんを訪問してきてくれませんか」
と、いうのである。
「そして、五枚位に書いてもらいたいんだが」
私は、すぐ鎌田氏を、慶応義塾に訪うた。
「明日午後一時に来なさい」
というのである。その日に行くと、氏は、部屋から出てきて、私の待っている廊下――庭に面した廊下へ立ったまま、青年に対する訓戒の言葉を話された。私が、それを筆記し終ると
「見せてもらいたい」
と仰《おっ》しゃった。私はその日、戻るとすぐ清書して送ったが、それっきりである。私は、筆記もとれないらしいのである。その内に、子が出来た。「木の実」という名をつけた。産婆と、隣りの婆さんとに
「家にいてはいけません」
と、云われて、早稲田のグラウンドの周囲を二時間の余も、歩いていたのを憶えている。戻って来ると
「二人とも達者だよ」
と、婆さんは、云ってくれたが、私は
(何うして生活すべきか)
が、第一であった。父にとっては、初孫であるし、いい時に生れやがったと、すぐに、父に無心さした。着物に金を少し送ってきた。ほっと一息ついたが、それはほんの一息である。本をことごとく売り払い、着物のいい物を、ことごとく入質してしまった。
前へ
次へ
全90ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング