三十七

「うむ、何うも」
 と、いうより外に、友人が来ても、話をする興味が無い。第一に、それらの友人は、ことごとく就職してしまって、そうは遊びに来ない。本は売ってしまって読むものはないし、入質したものを、古着屋へ売って、その差額を幾度か得た。これは、古着屋の常だから、こういう方法を知っているのである。友人に、金を貸せということは絶対に云えないし、貸す余裕のある者もいないし
「魚なんかいいよ、お前は、乳が出るんだから」
 と、云うようなことになると、強気の女房も、少しずつ悄気《しょげ》出した。ある日、求人欄を見ていると、当時、日比谷公園の、今の――美松の前辺に、いんちき横町、山かん横町というのがあったが、そこへ入る所に、木造洋館の「実業の世界社」があった。そこで、記者を募集しているのである。私は、女房に黙って、家を出た。懐中に、十二三銭もあったから、往復切符を買おうか、片道にしようか、この一銭の差で、可成り考えて
(一銭損でも、職にありつければいい。もし駄目だったら復券は食事にならんから)
 と、駄目なら、帰りは歩くつもりで、出かけて行った。取次が、二階へ上れ、と云うので、二階
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