一寸赤くなって
「やあ」
 と、友人は云いつつ、少し離れるし、それをしおに、女房が立上ったが――ただそれっきりの事で、何ういうものか、私には嫉妬とか、不快とかの念が少しも湧かなかった。二人とも信用しているし、友人の云う事には、決して反対しない私の性として、そのまま二十年近くをそれは問題にしていなかった。所が、この間、ある話の序《ついで》に、ふっと、この事を思出して
「何うかねえ」
 と、久米正雄君に云った。湯河原の温泉に於てである。
「ふむ」
 久米君は、微笑して
「里見君は、あると云っていたが」
「何うも、そうらしいようでもあるが」
 話は、これだけであるが、これに連関して、それから、二十年の後に、大事件が起るのである。
 この事は、秘しておいた方がいいかも知れぬが、何うも秘密をもつのが嫌いなので、書いておく。

    三十六

 四十円という金と、二ヶ月という時日とはすぐ消えてしまった。父の送金は、とっくにないし、女房の臨月は近づくし、青野と二人で
「困ったなあ」
 と、云って、毎日、新聞の就職欄ばかりみていた。
「よしなさいよ」
 と、女房に、本気に叱られた事さえあった。
「何
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