ない訳である。
「ええ、よろしい」
 とにかく、対手は、六つ齢上の二十七歳、こちらは、童貞の二十一歳であるから、礼を正しく、言葉を丁寧に
「しかし、寝るところが、ここよりほかに、ありませんから」
「そりゃええわ、一緒に寝るわ。藤堂さんと三人でしょう」
「はい」
 皆、中学同期の出身であるから、仲がよかった。私は身体が、ふわふわとなったように感じたが、それは、こんな美しい人が、自分のような者を手頼《たよ》って来てくれた、という事に対しての感謝で、劣情などの如きは神様に食わしてしまえと
「布団を、じゃ、借りてきて」
「ええ」
 素直に答えたが、この女は私を獲《え》ようとして、大阪から出てきたのである。しかし、何事もなかった。翌日
「市ちゃんとこへ行きましょうか」
「うむ」
 そして、二人は、植木屋の離れで、市ちゃんと三人で寝た。
 その暁、私は、無残にも、取り返しのつかぬ事を、されてしまったのである。

    二十四

「荷物をもってくるから」
 と、云って、須磨子は、大阪へ帰ってしまった。私は汚された身を、袴でつつんで、おもしろくない講義を聞きに行っていたが、その内
「家との事が、中々
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