や、喧嘩したんか」
 と、大きい眼を、もっと、大きくして聞いた。
「はあ、もう、大阪へ帰れへんつもり」
 須磨子は、兄の玄竜という人と、余り仲がよくなかった。大学生位までは、美人の妹というものをもっていると、いろいろ利益や、興味が、多いものであるが、生活などが、うまく行かないのに、二十七にもなる妹をもっていると、何んなにそれが、美しくとも、古い女房の、美しさと同じで、少しも、よくは感じないものである。
「植村は」
「田端にいよる」
 私は、田端の、小杉未醒氏の所の近く、泥川沿いの戸叶という家の離れに、藤堂と二人で自炊していた。
 藤堂は太平洋画会へ通っていたし、私は早大文科の予科にいたのである。室生犀星氏が、この藤堂と友人で、びっこの詩人と二人、よく、室生氏を訪問に行っていたらしい。
 この戸叶方へ、須磨子が来て、当分、東京に居るつもりとか、少しはお金がある、とか(これは、二十円の債券を何枚かもっていたのである。勿論、後には、生活費になった)。だが、近頃の時代とちがって、婦人の職業と云えば交換手か、看護婦しかない頃であるから
「置いてもろていい?」
 と、いうより外に、家出娘の生活法は
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