計って、帰ってきて、それが少いと
「男につけてやったのだろう」
 と、食ってかかった夫もあるというから、二十年前のいとも優しく、清らけき恋にも、何ういう誤解があるかも知れない。
 徳子は、大阪谷町の薄病院にいた。私が遊びに行くと一人の鼻の高い女――少うし高く、厚すぎる鼻の女が――足の短かいせいであろう、椅子の前へ、踏台を置いて、それへ足をかけながら、薄恕一のいう薬の名と、分量とを、処方箋にかいていた。若い女だから、何より先に、その顔が見たくなって、前へ廻ると、鼻は、横から見る程巨大な感じではなく、やや、八の字の眉、円い眼。中々いい女である。
 青春期の男女や、貴族、上流の婦人は、広く交際をしないから、すぐ手近い所の異性で済ます癖のある物であるが、私の前へ現れた女性として、私の齢に合うのは、この人だけである。
 然し、私は、何事も、貧乏人的に育ってきたから、こうした女と恋をしようなどとは、決して、考えていなかった。
 所が、ある夜薬局にいると一枚の処方箋を、徳子さんがもってきたが、その中に、散薬を包む四角い紙が入っていた。そして、その中に
「私は貴下《あなた》が好きです」
 と、書いてあ
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