った。私は、私の身体が、熱くなって、少しぼう張したように感じた。ああいう女が、女の方から、私に云いよるなんぞ、それは、何かの間違いではなかろうか、何うして返事を――何ういう文句で、何うして、それを手渡すか?
「私も、貴女が好きです」
という紙を、然し、次に徳子さんが、処方箋をもってきた時に、巧みに、人目に見つからぬよう渡した。
所が、この散薬紙での文通以外、話する事も、何うする事もできない。それで、私は、患者の来ぬ昼間、病院へ出かけて行って、話する事にした。然し、そうなると徳子さん程の女と、徳子さん程の女に思いつかれる程の男とだから、忽ち、評判になって、一日行って見ると、徳子さんが居ない。
大事にならぬ内にと、神戸の家へ返さしてしまったのである。
私は、病院を出ると、徳子さんから聞いていた武庫川の堤近く――芦屋の、徳子さんの家へ尋ねて行った。今の芦屋とはちがうから、何処の家にも、猛犬がいた。これが、がんがん吠える中を、訪ねて行ったが
「神戸の家にいなけりゃ多分、友人の宅にいるでしょう」
「友人の家は?」
「何処そこ」
それから、神戸の家へ行くと
「わかりません」
の一言だ。
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