「五十銭、負けたん忘れてんね、ちがうか」
 一週間程かかって、ようよう一円盗んだ。それで、カーマンセラなるものを見に行った。「胡蝶の舞」一つ。スカートを大きく拡げるカーマンセラに、色電気を当てるだけの事である。余りつまらないので、冷汗かきかき一円盗んだのを後悔して、二度と、籠を利用しなかったが、本当に、手に汗を握っていた。
 多分、この時分であろうと思う。怖ろしい夢を見るのが毎晩で、仕舞いに、夜になると、恐ろしさに、眠るのが嫌になった。夢は、ことごとく幽霊で、大抵、それがきまっている。「おんちゃん」の右側に、露次があって、その奥に井戸がある。上町の事とて、可成り深い、この井戸をのぞくと、中に、幽霊がいるのであるが、毎晩の夢にのぞいては、恐怖に、眼をさまして、蒲団の中へもぐる。耐えられなくなって
(幽霊なんぞ有るものか、夢じゃないか)
 と、決心した。そして
(今晩見たら、掴みかかってやる)
 果して、又井戸をのぞく夢であったが、幽霊はいなかった。露次を抜けて「団仲」という牛肉屋――今でも上町第一の大店であるが、ここに、卯のやんという友達がいて、時々遊びに行った――へ入ると、上り口も、奥
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