である。そして彼はだまってそれをアンガスに渡した。見れば赤インキはまだ乾ききっていない。文句に曰く、
「お前が今日あの女に会いに行ったのなら[#「なら」は底本では「たら」]、俺はお前を殺す」
 短い沈黙の後、アインドール・スミスがおだやかにこういった。
「ウイスキーを少しどうです私は欲しいような気がするが」
「ありがとう。僕はフランボー君の方が欲しい」とアンガスは陰欝気に云った。「これはどうも僕には容易ならぬ事件のように思われますなア。では僕はすぐ行って先生を連れて来ます」
「結構です」と相手は元気よくいった、「じゃ大至急お連れして下さい」
 しかし、アンガスが入口の扉《ドア》を閉めた時、彼は、スミスが一つのボタンを押すと、一つの機械人形が動き出して、サイフォンと酒瓶とをのせた一枚の盆を持って、床の溝を走って行くのを見た。扉がしまると共に、生物と変じたそれ等の召使達の中に、この小男をひとり残しておくのは何んとなくおそろしいような気がするのであった。
 一番下まで降りてみると先きのシャツ姿の男が手桶をもって何やらしていた。アンガスは立止って、その男に多分の賄賂を握らせて、彼が探偵を連れて
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