をしかめていた。
 最後の列の兵は、素早く、軒下へ飛込んで、軒下づたいに逃出した。一人が、敵へ尻を向けて、大急ぎに、四つん這いに這い乍ら、逃出すと、二人、三人、と、周章てて、這い出した。
「見苦しいぞ、磯子、鈴木っ」
 軒下の兵が、軒下を伝って逃げ乍ら、敵に尻を向けて這っている兵へ、怒鳴《どな》った。兵は、黙って、もっと急いで、手足を動かした。
 御香ノ宮の敵は、新撰組の退却するのを見ると、塀から、次々に乗越えて、槍をもって進んできた。
「止まれっ」
 土方が叫んだ。
「出たっ」
「出たっ」
 口々に叫んで立上った。塀の上に、又白煙が、いくつも、横に並んで、森の中へ消えていった。十四五人が、鬨《とき》を上げて、走り上ると、敵は、周章てて、塀の中へ、隠くれてしまった。そして、銃声が、硝煙が、激しくなった。
「伏せっ。長追いすなっ」
 走って行った七八人の半分は、軒下へ逃込み、半分は倒れて、よろめきつつ、這って逃げてきた。
「卑怯《ひきょう》なっ」
 と、一人が、赤くなった眼で、敵を睨んだ。
「味方の鉄砲隊は?」
「ここは、新撰組一手で戦うと云ったから、墨染の方へ廻ったらしい」
「使を出し
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