「だからっ」
 土方は、大声に叫んで立つと同時に、びゅ−んと、耳を掠《かす》めた。その音と一緒に、折敷になって
「誰か、周平っ」
 と、叫んだ。一人が、周平の手をとって肩へかけようとしていたが、二人共、倒れてしまった。
「誰かっ」
 一人も、周平の所へ行く者が無かった。

      二

「もっと伏して」
 敵の前で、尻を敵に見せて、這いながら退却する事は、新撰組の面目として出来る事でなかった。人々は、後方へ後方へと、すさり始めた。
(危かった)
 一人は、今、自分が伏していた所へ、弾丸がきて、土煙の上ったのを見ると、周章《あわ》てて四つ這いに、引下った。
「周章てるなっ、見苦しいっ」
 一人が、後方から、尻を突いて叫んだ。
「見苦しい。お互様だ」
 一人は、隣の人に
「俺の甲《かぶと》は、明珍《みょうちん》の制作で、先祖伝来物だが、これでも、弾丸は通るかのう」
 首を伏せて、鎧の袖を合せ乍《なが》ら、こう聞いたので
「さあ」
 と、答えた刹那《せつな》、明珍の甲をつけた男は、甲の上から、両手で、頭をかかえて、唇を歪《ゆが》めた。
「やられたかっ」
 男の顔を見ると、苦痛で、顔中
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