、見たまま、手に取ろうともしなかった。
[#改ページ]

   下篇ノ一

「何うにか、成るだろう」
 開陽丸の甲板の手擦りに凭《もた》れて、岩田金千代が、友人の顔を見た。
「御前は呑気《のんき》だよ」
 空は晴上っていた。波は平《たいら》だった。そこに見える陸地に戦争があって、その戦争に、一昨日まで、従っていたとは思えなかった。
 金千代は、枚方《ひらかた》で、新撰組の舟に、うまく乗れたし、城中から逃げる時にも、将軍が、天満橋から、茅舟《かやぶね》で、天保山《てんぽざん》へ落ちたとすぐ聞いて、馬を飛ばしたが、間に合って、この舟に乗る事が出来た。同じように、馬でくると云っていた友人は遅れたらしいが
(彼奴《あいつ》は、紀州へ落ちただろう、然《しか》し、紀州だって、敵か味方か、判りはしない。彦根だって、藤堂だって、敵になったのだから――何んて、俺は、運のいい男だろう)
 と、思うと
(何とかなるだろう)
 と、自信がもてた。
「大阪城の御金蔵には、三千両しか無かったそうだし、江戸は君――あの通りだろう」
 江戸では、小栗上野介《おぐりこうずけのすけ》が、軍用金の調達に奔走したが、フランス
前へ 次へ
全31ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング