さ》テ前日、府中ニ触レアッテ此度《このたび》双方勝負ノ贔屓《ひいき》ヲ禁止セリ。興長主《おきながのかみ》武蔵ニ謂《いっ》テ曰《いわ》ク、明朝辰ノ上刻向島ニ於テ、岩流小次郎ト仕合致スベキ由ヲ諭《さと》ス。小次郎ハ忠興公(三斎)ノ船ニテ差越サルベシ。武蔵ハ興長ノ船ニテ可被渡也《わたらせらるべきなり》。
武蔵、喜色|面《おもて》ニ顕《あらわ》シ、願望達セシコトヲ謝ス」
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とある。ところがその前夜の事、武蔵は出たまま行方が判らなくなってしまった。
噂というやつはこういう時に得たり賢しと立つ。
「岩流の腕に恐れて逃げたのだろう」
「まさか許されまいと思っていたのが許されたから怖気《おじけ》づいたのだろう。岩流に立合を申込んだと云って自分に箔をつけるつもりの目算が外れたからよ」
というような種類のものであろう。それだけに細川家中の人々は小次郎に贔屓している訳である。そして佐々木小次郎の腕前を信じているし、信じさせるだけの達者であったのである。長岡佐渡はこの噂を聞いて、武蔵を疑った。もしかしたら、と云う懸念もない事は無いからである。然し、そういう噂を立てる連中よりは、武
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