蔵をよく知っている。第一に小次郎を恐れて逃げるなら別に今には限らないし、試合を避けるなら口実として病気、主命といくらでもある。多分下の関へ行ってそこから向島へ渡るつもりだろうと考えたが、とにかく在所《ありか》を探してと二三の家来を出して、下の関の宿屋を求めさせた。すると果して船問屋小林太郎左衛門の家《うち》に居た。主命を告げると武蔵一書をかいて家臣の者に渡す。文に曰く、
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明朝仕合ノ儀ニ付キ私、其許様《そこもとさま》御舟ニテ向島ニ可被遣之由《つかわさるべきのよし》被仰聞《おおせきけられ》、重畳《ちょうじょう》御心遣ノ段|忝奉存候《かたじけなくぞんじたてまつりそろ》、然共《しかれども》今回小次郎ト私トハ敵対ノ者ニテ御座候、然ルニ小次郎ハ忠興様御船ニテ被遣《つかわせられ》私ハ其許様御船ニテ被遣ト御座候処、御主人ヘ被対《むかわせられ》如何ト奉存候、此儀私ニハ御構不被成候《おかまいなされずそろ》テ可然《しかるべく》奉存候、此段御直ニ可申上ト存候ウトモ御承引ナサルマジク候ニ付、態《わざ》ト不申候《もうさずそろ》テ爰元《ここもと》ヘ参居シ、御船ノ儀ハ幾重ニモ御断申候《おことわりもうしそろ》、明朝ハ爰元船ニテ向島ヘ渡候事、少シモ支無御座候《さしつかえなくござそろ》、能《よき》時分|参可申候間《まいりもうすべくそろあいだ》、左様ニ可被思召候《おぼしめさるべくそろ》已上《いじょう》
[#地から1字上げ]宮本武蔵
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      四月十二日

    佐渡守様

         三

 四月十三日、眠りの楽しい時である。春眠|暁《あかつき》を覚えず、所々に啼鳥を聞く――朝寝をするに一番いい時。七時すぎ八時近くなっても武蔵は起出て来ない。亭主太郎左衛門、
「旦那、辰の刻ですよ」
 としばしば――起している所へ、小倉から長岡佐渡の使がくる。
「程なく参る。よろしく御伝え下されい」
 と挨拶してから朝飯を済まし、亭主から楫《かい》を一本買受けて、小刀で削《けず》り始めた。が、朝寝をしている間に、可成り小次郎への対策を考えていたらしい。作戦計画については周到な用意をする武蔵は、小次郎の門人に彼の太刀筋を聞くし、それと自分が聞いていた小次郎の勝負の様子を考え、それからこの楫を買求めたのである。
 何故《なぜ》かというと、この位の名人上手同志の試合に
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