舟遊びに参ろうか」
と、里恵の心を察して、気晴しに連れて行って、何一つ、又五郎の事は口にしなかった夫。
その夫が兄の為に、助太刀をしなくてはならぬ――と、家中の人々の噂は、里恵に、二重の苦しみを与えた。夫と別れる悲しさ、そうして、そんな兄の為に、そんな事をしなくてはならぬ侍の義理と、又五郎の妹という苦しさ。
(きっと、夫は、助太刀に行くであろう)
里恵は
(自分にからまる義理?――それは、何んな事? 自分は兄を兄とも思っていないし、助太刀所か、兄の首を討って、夫の手柄になるなら、兄を討ってもいい、とさえ考えているのに、その妹に、義理が、からまるとは? 妾は、そんな義理など、少しも考えていないのに――そんなことの為に、夫が妾へ、義理を立てる? それは、世間体もあろうが――世間体、武士の義理。そんな物が、そんな物が)
里恵は、兄の又五郎が、好もしい男なら、自分から、夫に、助太刀をしてやって下さいと、云えたが、それさえ云いたくない兄への反感。それに、その妹への義理立てをしなくてはならぬという世間――。
(何という、訳の判らない世間であろう)
里恵は、そう考えていたが――だが、武士の
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