た人もあろう。誰かがこの事を、国の人々へ伝えてくれるであろう。それでいい。わしが、得手の槍で負けたのよりも、不得手な刀で、ここまで戦ったほうが、却っていいかも知れない)
そう考えた時、一足退った。そして
(しまった)
と、心の中で叫んだ。何かの上へ、蹠《あしうら》がのって滑ったからであった。そして、無意識に、荒木が、打込んでくるであろう刀を防ごうとした時、身体が崩れてよろめいた。果して、荒木は、この一髪の機を握《つか》んで、打込んできた。半兵衛は、鍵屋の横の物置の中へうんとつんである枯松葉の中へ、どっと、倒れてしまった。
九
身体中が、疼痛《とうつう》に灼けつくようであった。咽喉《のど》が干いて全身に熱が出て、気が時々、遠くなった。
手当をし、介抱し、薬をつけ、飲ましてくれる人の顔がぼんやりとしか、見えなかった。そして半兵衛の頭も、どんよりとしていて、時々、自分が槍で、荒木と戦っているのが見えた。
(立派に戦ったぞ。槍でなくとも、立派に――あの枯松葉で、滑りさえしなかったら、勝負は、もっと、長くなったのだ。俺には、二度不運がつづいた。だが、十分に戦ったぞ。この事を、
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