していた。羽織もなく、鎖鉢巻をして、十分に、軽い身なりであった。そして、その脣に、微かな余裕の笑をみせ、その呼吸は落ちつき、その構えは十分に、その足は正確に――、半兵衛は
(天晴れだ)
と、感じると共に、槍をもって立合えないのが、腸《はらわた》の底から、悲憤して、滲み上ってきた。
(何故、この期に、槍がとれない? 負けても――勝を譲ってもいいから、槍で、十分の、心ゆくまでの勝負がしたい。この大勢の見物の前で、同じ二百石同士が――御前試合へ出た荒木と、出ぬわしと、どっちが、鮮かか、どっちが立派な態度か? わしが、槍術の家の者として、せめて、最後の働きには、槍で十分に試合ってみたい、槍が――)
半兵衛は、自分に、槍をとらさぬよう計った荒木に
(何うだ、噂を聞いて、恐れたのだろう)
と、云いたかったが、それは、口にすべき事でなかった。と同時に、自分の得手を封じて、不得手な刀で勝負しようとしている荒木の、武士らしくない、正直でない、策略のある態度に、怒りが生じてきた。
(この見物人は、そんな事を知らんであろう。わしが、美濃の桜井半兵衛である事を知らんであろう、矢張り、剣術の者だと考えてい
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