場合ではない」
 と、云ったし、家老は、半兵衛を呼んで
「あの事件が、ただの仇討とか、上意討とかなら、助太刀に出ようと、出まいと、何んでも無いが、御老中まで、持て余されて、池田公を、毒殺したとか、せんとかの噂さえ立っている事件だ。幕府が、こうして、すっかり手を焼いているのに――無事に納めようとしているのに、濫りに、助太刀などに出て、事を大きくしては、上に対して、恐れがある。いかなる事が当家へふりかかってくるか判らぬ。よいか、ここの分別が大事|故《ゆえ》、家中の者が何と申そうと、助太刀などは致さぬよう、とくと、申付けておくぞ」
 と、申渡した。だが、半兵衛は、自分に対する、家中の噂を聞くと、稽古の時にまで、考えなくてはならなかった。

    二

 城中の、広庭の隅に設けてある稽古揚へ行って、重役の人々に、一手二手の稽古をつけて、夜詰の衆の溜り前の廊下へかかってくると
「荒木が、御前試合の中へ加わったというのは――そんなにいい腕かのう」
 一人が、腕組したまま、柱に凭《よ》りかかって、大きい声で話していた。半兵衛は、その言葉が、耳に入ると共に、うるささと、軽い憤りとが起ってきた。
(家
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