くさく砕いて、白い鼻煙を、長く吹いていた。長田橋の仮橋の上へきた時
「半兵衛、待った、待った」
 と、甚左衛門が、後方から、叫んだ。半兵衛が振向くと
「寒うてならんから、一枚重ねる」
 と、声をかけて、馬を停めた。半兵衛は、頷《うなず》いたが
(油断をしてはいけないのに)
 と、思った。寒い朝であったから、誰も厚着をしていた。その上へ又重ねては、いざという時に働けまい、と思ったが、然し、荒木の一行が、昨日から見えなかったから、半兵衛も
(寒いのに、耐えきれまい。河合も、もう四十すぎだから――)
 と、思って、正面の上野の町やら、来た方の山、田を、見廻していた。
(武芸も四十を越すと、少し下り坂になるかな。寒さが、あれだけ身にこたえるだけ、若い時よりも衰えたのか――いいや、修業一つだろう。六十になっても、袷一枚でいる人さえあるから)
 半兵衛は、甚左衛門が相当の腕の人だとは思っていたが、その頭、その肚に於て、荒木の方が、優れていると、判断していた。そして
(わしはわし一人で戦うのだ。誰もあてにはしないぞ)
 と、思うと、甚左の重ね着に、批評を加えたのも、いけないように思えた。
(他人が、
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