何をしようが、わしは、わし一人だ)
そう思って、馬をそろそろ歩かせかけると
「お待たせ申した」
と、甚左が、叫んだ。そして、
「齢をとると、寒さだけには、耐えきれん」
と、云った。
一行の一番先には、大阪の町人、又五郎の妹婿虎屋五左衛門が馬で、その次に、半兵衛が、槍持と、下人と、小姓と三人を従えてつづき、その後方に又五郎が、供三人、最後に、甚左衛門が、同じく供三人をつれて、槍を立て、飾鉄砲に、弓矢をもち、それぞれその知行の格式で――所謂《いわゆる》、槍一筋の家柄をみせて、上野の町小田町へかかってきた。
突当りが、高い石垣で、その上に、家があった。右へは、すぐ塔世坂の急な坂路が町へつづき、左は、細い小路を、城の裏手へ出る道であった。
そして、その三つ股道の左右に、鍵屋と、万《よろず》屋と、二軒の茶店が、角店として、旅人を送り迎えしていた(右角が、鍵屋であったという説もある。今そこには、新らしい数馬茶店というのが出来ている)。
八
半兵衛が万屋の角を、右へ曲ると同時に、左側の石垣の所の木の後ろに立っていた士が、走り出してきた。白い鉢巻をしめて、袴立《ももだ》ちをと
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