これにて、腹巻を縫うておりましたが、未練ながら、これが、今生《こんじょう》での、お別れになるかと思いますと、生きているのも果敢《はか》なく覚えますが、然し、武士の妻として、いつでも、御出立出来るように、用意は――」
と、云って、真綿入りの肌襦袢、刺子《さしこ》の股引、それから立って行って、腹巻に、お守札の縫込んだのを出してきて
「首尾よく、荒木に、お打勝ち下されますよう――又、又――」
里恵の声は、顫えて、脣《くちびる》は痙攣《けいれん》していた。
「時の運にて、御不利になりましょうと、背に傷を受けず、御立派に――」
と、まで云うと、しゃくり上げて、袖の中へ、顔を包んでしまった。離れ難い、愛着の心を、武士の妻として、立派に処置している若い里恵の泣いている姿をみると、半兵衛は何故かしら、又五郎が憎くて、耐らなくなってきた。
(己が、人殺をしておいて、己の命を助かりたさに、この罪もない妹を、こんな目に逢わせ、わしをも、生死の境に置いて――)
と、思うと、明らかに、形の上に於て助けに行く又五郎であるのに、心の中では、軽蔑し、憤った。そして
(わしは、わしの為に、行くのだ。又五郎の為に
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