い。然し、同じ二百石でも、御前試合へ出る二百石と、出ない二百石とは、格段の相違があろうと云われたのは心外だ。殿に対して、わしは、わしの値打を示さぬと、二度と、この二百石は頂戴しかねる。それに、今出ぬと、半兵衛め、あれ見よ、荒木が御前試合に出る位強いから、同じ二百石取りであり乍ら、怯じ気がついて出ないのであろうと云われるのも、無念だ。わしから進んで――誰が、何と申そうとも、今度は出る。覚悟をしてくれ」
里恵は、すぐ、涙の落ちそうになる眼を伏せたまま、黙って立上ると、押入れの襖を開けた。そして、一包の物を持出してきて
「旅仕度で、御座ります」
と、いうと、はらはらと、涙が落ちた。
「兄への助太刀の為と仰しゃれば、一度はお止め致す所存で御座りました。なれど、妾の覚悟を示す為としては、これ、この通り、ちゃんと――」
と、云って、風呂敷を開くと、合羽、脚絆、道中服が揃えてあった。
「いつ――御出立になりますか、と、そればかり、毎日毎日――」
半兵衛は、妻の涙を、じっと、見つめていた。
「お帰りの時のお顔色、お出ましの時のお顔色、そればかりを見ておりまして、御留守の間には、旅仕度を、只今も
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