士が、隊を為し列を作つて此《こ》の狭い田舎町を通過した折りのさまを描《か》いて見た。
其夜《そのよ》は征西将軍《せい/\しやうぐん》の宮の大祭で、町は賑《にぎや》かであつた。街頭をぞろぞろと人が通《とほ》つた。花火が勇ましい音を立てゝあがると、人々が皆《み》な足を留めて振返《ふりかへ》つた。
郵便局の角から入ると、それから二三|町《ちやう》の間《あひだ》は露店のランプの油烟《ゆえん》が、むせるほどに一杯に籠《こも》つて、往《ゆ》きちがふ人の肩と肩とが触れ合つた。田舎のお祭によく見るやうな見せ物――豹《ひよう》、大鱶《おほふか》、のぞき機関《からくり》、活動写真、番台の上の男は声を嗄《から》して客を呼んで居《ゐ》る。旅行用の枕を大負けに負けて売つてるものの隣《とな》りに、不思議に中《あた》る人相見《にんさうみ》の洋服の男がゐて、その周囲を取巻いて、人が黒山のやうにたかつて居《ゐ》る。をり/\摩違《すれちが》ふ娘の顔は白かつた。
雑踏した長い馬場《ばゞ》を通り越すと、夜目にもそれと知らるゝ蓮池があつて、夏の夜風が白い赤い花と広葉《ひろば》とを吹動《ふきうご》かした。其《その》奥には社殿の燈明《とうみやう》――私《わたし》は其《その》一生を征旅《せいりよ》の中《うち》に送つて、この辺土に墓となつた征西将軍宮《せい/\しやうぐんのみや》の事蹟《じせき》を考へて黯然《あんぜん》とした。
そして其《その》昔と今のこの祭の雑踏とを比べて考へて見た。
頭上には星がキラ/\光つた。
帰りには裏道を通《かよ》つた。露店の尽頭《はづれ》に、石鹸を五個六個並べて、大きな声で、
『買はんか、買はんか、これでも買はんか』
と怒鳴《どな》つて居《ゐ》る爺《ぢい》さんがあつた。其《そ》の権幕が恐ろしいので、人々は傍《そば》にも寄りつかずにさつさと避けて通《とほ》つた。
『買はんか、買はんか、これでもか、これでも買はんか』
露店の上の石鹸が皆《みな》跳《おど》り上《あが》つた。
翌日、暑くならぬ中《うち》にと思つて、朝飯《あさめし》をすますとすぐ、私《わたし》は横手村《よこてむら》に行つた。
『墓地の鍵を預つて居《ゐ》る男がある筈《はず》ですから、其処《そこ》に行つて聞いて御覧なさい』と旅館の主人が教へて呉《く》れた。
横手村《よこてむら》と謂《い》つても、町とは人家続きになつて居《ゐ》て、十|町《ちやう》と隔《へだゝ》つては居《ゐ》なかつた。其《その》近所と思はれる処《ところ》に行くと、野菜の車を曳いて、向ふから男が遣《や》つて来る。
『官軍の墓地は何《ど》の辺《へん》になりませうか』
と訊《き》くと、
『官軍の墓地? 何《なん》ですか、それは!』
と要領を得ぬ答である。
これこれと説明して聞かせると、それならこの向ふにあるのがそれだらうとのことである。
私《わたし》は裏道に廻《まわ》つて見た。此処《こゝ》はつい此間《このあひだ》まで元《もと》の停車場《ていしやぢやう》のあつた処《ところ》で、柵などがまだ依然として残つて居《ゐ》た。片側は人家がつゞいてゐるが、向ふは田畝《たんぼ》になつて了《しま》ふので、私《わたし》はまたある家《うち》に立寄つて聞くと、このすぐ向ふだといふ。
成程《なるほど》、墓地らしいものが田の中《なか》にあつた。周囲に柵が繞《めぐ》らしてある。
それを少し離れて、二三|軒《げん》の瓦屋根があつて、それに朝日がさした。小さい工場《こうば》の烟筒《えんとつ》からは、細い煙が登つて居《ゐ》る。向ふの街道には車の通る音が絶えず聞える。
田圃道《たんぼみち》にはまだ朝の露が残つて居《ゐ》た。私《わたし》の足袋はしとどに濡れた。辛《から》うじて、瓦屋根の、同じ門のつくりの、鉄道の役員の官舎らしい家《いへ》の前に来ると、其処《そこ》の傍《そば》に車井戸があつて、肥つた下女が朝日を受けて、井戸の鏈《くさり》を音高く繰《く》つて居《ゐ》た。私《わたし》は今一|度《ど》訊《たづ》ねて見た。其《その》下婢《かひ》も矢張《やはり》鍵を預《あづか》つて居《ゐ》る家《うち》を知らなかつた。けれど態々《わざ/″\》家《いへ》に入つて聞いて呉《く》れたので漸《やうや》く解《わか》つた。
鍵を預《あづか》つて居《ゐ》る人は、前の街道を一二|町《ちやう》行つた処《ところ》の、鍛冶屋《かぢや》の隣の饅頭屋《まんぢうや》であつた。場末の町によく見るやうな家《いへ》の構《つくり》で、せいろの中《なか》の田舎|饅頭《まんぢう》からは湯気が立つて居《ゐ》る。上《かみ》さんは手拭《てぬぐひ》を被《かぶ》つてせつせと働いて居《ゐ》た。
朴訥《ぼくとつ》な人の好《よ》ささうな老爺《おやぢ》が、大きな鍵を持つて[#「持つて」は底本では「持って」]私
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