ろぞろと通る。何處の旅舍にも客がぎつしり詰つてゐる。三味線の音が湧くやうに聞える、「日光ちよいと出りや朱塗の御橋、向河原や含滿《がんまん》の……」などと唄つてゐる聲がする。いかにも世界に聞えた遊覽の町だといふ氣がせずには居られない。殊に月のある夜は好い。神橋の上から見ると、大谷の末流は、すつかり金屬か何かのやうに美しくキラキラと輝きわたつて見えた。
電車が馬返まで通じたので、大平《おほたひら》まで上つて行く嶮しい舊道は、今は都會の人達に取つて丁度好い山路になつた。かれ等は袒《はだぬぎ》になつたり、尻端折りをしたりして面白がつて登る。女も「はア」などと呼吸をつきつき登つて行く。女學生の團體では、「まだ中々でせうかね」などと言つて立留つて喘いでゐる。中の茶屋から見た谷は頗る好い、やがて不動坂を上り盡すと、大平のさびしい林が來る。山毛欅《ぶな》や榛《はん》や白樺の幹の林立してゐるさまも見事である。つゞいて華嚴の休茶屋が來る。すさまじい瀑は※[#「金+堂」、第4水準2−91−34]然《だうぜん》として深い谷に向つて瀉下してゐる。
南岸橋の袂に繋いである白いボオト、鮮かな碧い湖はやがて前に展
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