。その清い流れはをりをり山百合の白い花や八汐の紅い色を※[#「くさかんむり/(酉+隹)/れんが」、第3水準1−91−44]《ひた》した。
富士見越の峠のところに小屋があつて、そこが物品交換の場所になつてゐたが、今は何うしたか。つまり日光の方から炭とか米とかの日用品を其處に持つて行つて置くと、栗山の方から下駄や細工物の材料を持つて來て、そして人を須《もち》ひずに物品だけで交換して行くのであつた。山の中にはまださうした原始の状態が殘つてゐた。
女峰の劍の峰は、男體の頂上よりもぐつとすぐれた眺望を持つてゐる。そこで見た男體の雄姿はもとより言ふを待たない、波濤の如く起伏した連山に雲の湧き立つたさまは、日本アルプスの深い山の中でも澤山はないやうな大きな眺望であつた。
三
日光の山の中には種々な自然生の食物がまだ澤山に殘つてゐた。山牛蒡[#「牛蒡」は底本では「午蒡」]、山|獨活《うど》、山人參、山|蕗《ふき》、ことに自然薯が旨かつた。秋の十月の末から初冬の頃になると、山の人達は、それを掘つたのを背負籠に負つて、そして町の方へと賣りに來た。寺の坊などではそれを待ちつけて買つた。髮を
前へ
次へ
全15ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング