の髣髴を認めることの出來る三界瀑、大眞名子の千鳥返しといふ難所のあるあたりの眺望、太郎山の御花畑、金田峠の上から見た連山の起伏などが深く私に印象されて殘つてゐた。男體《なんたい》へは私は表からも裏からも登つた。裏から登つた時は、雨の土砂降りに降る日で、山巓まで行つたには行つたが、深い雲霧で、一間先をも辨ずることが出來ず、禪頂小屋に蹲踞《つくな》んでゐて見ても何うすることも出來ないほど寒いので、急いで下りて來て、志津の小屋で一夜を過した。
 この裏山《うらやま》禪頂《ぜんちやう》は、昔は僧侶がよく行をやつたところで、山中到る處に今でも猶その禪頂小屋の殘つてゐるのを見る。私の知つてるだけでも、唐澤、女峰、志津などがある。風雨と年月とに晒されて、ひどくなつてはゐるが、それでもそこで過した一夜は平凡でなかつた。その附近の熊笹の中には屹度清い水が湧き出してゐて、そこで米を炊ぐことが出來た。秋は鹿の聲が月光の搖曳した深い林の中に聞えた。
 谷々から滴り落ちる水が、或は潺々《せん/\》とした小さい瀬を成し、或は人に知られない無名の瀑布を懸け、時には激し時には淀んで、段々世間に流れ落ちて行く形が面白い
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