山窮谷の中まで入つて行つた。

    二

 普通遊覽者の通つて行く處から一歩入ると、日光の山は非常に深い。地域もまた廣大である。北は鬼怒川の谷を越して、連山重疊した會津の帝釋《たいしやく》山脈《さんみやく》と相接してゐる。
 從つてその持つた森林帶には、扁柏、栂《つが》、山毛欅《ぶな》などが一面に密生して、深山でなければ見ることの出來ない原始的のカラアに富んでゐる。密林の中にある木小屋、一面に叢生した熊笹、その中を數條の細い裏山道が折れ曲つて通じて行つてゐる。瀧の尾の裏から八風《やつぷう》を越えて女峯《によほう》の七瀧《なゝたき》に登つて行く路、裏見の荒澤の谷からその岸を縫つて栗山へと通じてゐる富士見越の路、大眞名子《おほまなご》、小眞名子《こまなご》の裾を掠めて志津《しづ》の行者小屋に達する路、戰場ヶ原から山王峠を越して西澤金山に行く路、湯本の奧から狩籠《かりごめ》湖の岸に添つて、金田《かねだ》峠を越して、鬼怒川の川俣温泉に行く路、それ等の路はすべて深い深い森林帶の中を通つて行かなければならなかつた。この道路の中で、七瀧の大きな谷、女峰の劍の峰の眺望、富士見越の途中から遙に遠くそ
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