てゐるのを前にして、東京生れの妓《こ》が靜かに爪彈か何かで三味線を彈いてゐるさまなどがをりをり繪になつて私の眼に映つて見えた。

    五

 日光火山群の前衞を成したやうな都賀山《つがやま》、安蘇山《あそやま》の山地も面白い。山はさう大きなものではないけれど、細い狹い谷が幾條もその間に穿たれてあつて、遠くから望んで見ても非常に襞や皺が多い。そしてその平野に落ちやうとする處には、到る處にすぐれた眺望を持つた山巒《さんらん》が聳えてゐた。
 この山の起伏は關東平野の到るところから見えた。淺草の十二階の上から、信越線の汽車の中から、北埼玉の野から、利根川の土手の上から、更に最も近くはつきりと見えたるのは、東北幹線の小山驛附近からであつた。しかしそこから見えるのは東の一面で、更に全面を見やうとするには、昔の奧羽街道、それもぐつと昔の萬葉時代に旅客の通つた驛遞の道路の線をたどつて見るに越したことはなかつた、其時分の驛遞路は、前橋附近から伊勢崎、境に出て、太田から往昔《むかし》の佐野の渡しのあつた渡良瀬川を渡つて、安蘇山、都賀山の裾を掠めて、そして下野《しもつけ》の室《むろ》の八島《やしま》の
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