が入れられてある。いつでも茶位入れられるやうになつて居た。
 酒好きのお爺さんは、徳利《とくり》に上酒を一升ほど入れて来たが、子供に引くりかへされぬやうにと、それを茶箪笥の隅に押附けて置いた。
『お貞《てい》、それは酒だからな……こぼさぬやうにして呉りやれ』
 かう主婦に注意もした。
『これさへありや、まア、退屈も凌《しの》げますぢや?』
 隣のお爺さんとこんなことを言つて笑ひ合つた。
 主婦は舅の酒には苦労を仕抜《しぬ》いて来た。夫の生きて居る間は、酒の上で二人はよく親子喧嘩をした。親類に呼ばれて行く時には、屹度《きつと》酔つて管《くだ》を捲《ま》いた。夫に別れてからでも、町の居酒屋で泥酔して、使《つかひ》を受けて迎へに行つたことなどもあつた。嫁に来た当座には、何処《どこ》か酒のない国に行き度《た》いと思つた。母親はよくかう子供等に話して聞かせた。しかし此頃では年を取つてもう大分おとなしくなつた。
 盲目《めくら》のお婆さんは、座が定ると、懐《ふところ》から手拭を出して、それを例のごとく三角にして冠《かぶ》つた。暢気《のんき》な鼻唄が唸る《うな》るやうに聞え出した。
『暢気なものだね
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