》つて置くと、都合が好《い》いから私《わし》は此処《ここ》で失礼して歩いて行かうと思ふんぢやが……』
かう言ひ出した。世話になるのも気に懸《かか》れば、爺さんから酔つてチクチク言はれるも辛かつた。
誰も引留《ひきと》めはしなかつたが、しかし余り好《い》い心地もしなかつた。
『定公《さだこう》、また東京で逢はうな』
持《も》つて来た風呂敷包を背負《せお》つて、古びた蝙蝠傘《かうもりがさ》を持つて、すり減した朴歯《ほほば》の下駄を穿《は》いて、しよぼたれた風《ふう》をして、隣の老人は暇《いとま》を告て行つた。土手の上には枝を張つた大きな栃《とち》の樹があつて、其傍の葭簀張《よしずばり》には、午後四時過ぎの日影が照つて居た。兄の少年は其の隣の老人がとぼ/\と土手に登つて行くのを見えなくなるまで見送つて居た。
『もう歩いて行かれるからツて、此処《ここ》まで連れて来て貰《もら》つて、余り勝手過ぎるのさ――』主婦はかう言つた。
『碌に銭を持たねえで、人の借りた船で、飯も酒も食つたり飲んだりして此処《ここ》で下《お》りるツて、好く言へたもんだ』爺さんもこんなことを言つた。
八
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