るやうなのが出来た。もう持つて来た酒を大抵飲み尽した爺さんは、『船頭さん、其処《そこ》に行つたら鳥渡《ちよつと》寄せて下さいよ』余程前からかう言つて其岸に来るのを待つて居た。
『此処《ここ》の白味淋《しろみりん》はそれや旨いな』
 船頭達もかう語り合つた。
『買つて来て上《あ》げやしやうか』と一人の船頭が言ふのを、『何に、私が買つて来る、他に用もある』かう言つて断つた爺さんは、途中で船頭に飲まれるのをひそかに恐れて居た。爺さんは徳利《とくり》を下《さ》げて、禿頭を日に光らせながら踏板を伝つて行つた。

     七

 徒歩《かち》で行けば其処《そこ》から東京まで三里位しかないという河岸《かし》に来て、船頭はまた船を繋《つな》いだ。とても今日は東京に入ることは出来ないから、暑い中を此処《ここ》で休んで涼しくなつてから出懸《でか》けやうといふ船頭の腹であつた。
 船に飽きた人々は皆な不平を言つたが、しかし真夜半《まよなか》に東京に着いても仕方がなかつた。止《や》むなく此処《ここ》で待つことにした。
 と、隣の老人は、
『甚《はなは》だ失礼ぢやが……まだ日が高いし、それに今日東京に入《はい
前へ 次へ
全26ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング