汽船で行けば一日で到着するほどの行程《かうてい》だが、和船では中々さう早くは行かなかつた。暑いと言つては休み、眠らなければならないと言つては碇泊し、荷の積替《つみかへ》をすると言つては、岸の小さい埠頭《はとば》に綱を繋《つな》いだ。荷の種類に由つては、二時間近くも其岸を離れることが出来ないこともあつた。
其時は『かう手間を取つては仕方がない、これではとても今日東京には入《はい》れない。此方《こちら》はまア、船の中で、一晩位余計に寝るのは好《い》いとしても、常《つね》が遅いツて待つてゐるだらう』かう主婦もお爺さんも一方《ひとかた》ならず気を揉《も》んだ。お爺さんは、わざと声を猫撫声《ねこなでごゑ》にして、『船頭さん、もう出しても好《い》い時分だね』などゝ声をかけた。
ある浅瀬では、余り暑いので、船頭が裸で水の中を泳いで居ると、船縁《ふなべり》で見て居た弟《おとと》の方の少年は、堪らなくなつたというやうに着物を脱いで、ザンブと水の中に飛び込んだ。『大丈夫ですよ、私等がついて居るから』船頭はかう言つて心配する主婦の方を見て言つた。
連日の快晴で、水の浅くなつた処などもをり/\あつた。上
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