五
夕立が催して来た。
船頭は慌てゝ苫《とま》を葺《ふ》いた。其下に一家族は夕立の凄《すさま》じく降つて通る間を輪を描いて集つて居た。銀線のやうな雨が水の上に白い珠《たま》を躍らしてゐるのを苫《とま》の間から少年達は見て居た。
『これで涼しくなつた』
かう老人達が言つた。
夕立の霽《は》れた時には、もう薄暮の色が広い川の上に蔽ひ懸《かか》つて居た。渡良瀬川《わたらせがは》は思川《おもひがは》を入れて、段々大きな利根川の会湊点《くわいそうてん》へと近づいて行つた。風が稍々《やや》追手《おひて》になつたので、船頭は帆を低く張つて、濡れた船尾《とも》の処で暢気《のんき》さうに煙草を吸つて居る。其傍では船頭の上《かみ》さんが、釜に米を入れたのを出して、川から水を汲んで、せつせとそれを炊《と》いで居たが、やがて其処《そこ》から細い紫の煙《けぶり》が絵のやうに川に靡《なび》いた。夕照《せきせう》が赤く水を染めて居た。
老人達は薄暗い処で酒を飲んでゐた。主婦《あるじ》は酒癖の悪い爺さんが、やがて段々酔つて来て、言はないでも好いことを隣の老人に言ひ懸《か》けてゐるのを聞いた。
隣の
前へ
次へ
全26ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング