絶《とだ》えた世離《よばな》れた静かな好い場所を占領して、長い釣竿を二三本も水に落して、暢気《のんき》さうに岩魚《いはな》を釣つて居る鍔《つば》の大きい麦稈《むぎわら》帽子の人もあつた。
 川に臨んで、赤い腰巻を出して、物を洗つて居る女もあつた。
 二人の少年は物珍らしいので、下に坐つてなどは居なかつた。紺絣《こんがすり》の兄と白絣《しろがすり》の弟《おとと》と二人並んで、じり/\と上から照り附ける暑い日影《ひかげ》にも頓着《とんぢやく》せず、余念なく移り変つて行く川を眺めて居た。
『霍乱《くわくらん》にでもなると大変だよ』
 主婦は下から首を出して、時々声をかけて呼んだ。
 兄の少年が手帳を出して、何か書きつけてゐると、其傍《そのそば》に、隣の老人は遣《や》つて来て、
『おい、定公《さだこう》、何か出来るか……』かう言つて聞いて見た。手帳には七言絶句の転結だけが書いてあつた。
 道具は大抵|菰包《こもづつみ》にして了《しま》つた。膳も大きなのを一箇《ひとつ》出してあるばかりであつた。昼飯には皆ながそれを取巻いて食つた。暑い日にも腐らぬやうな乾物《ひもの》だとかから鮭の切身だとかを持つ
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