も学問が出来るから、お貞《てい》さん、もう安心なもんぢゃ。これからは楽《らく》が出来る』
『何《ど》んなもんですか』
 主婦はかう言つた。しかし永年《ながねん》一人で苦労して来た老人や子供の世話を、東京に行けば、子息《むすこ》と一緒にすることが出来ると思ふと、何となく肩が下《お》りるやうな気がした。子息《むすこ》と住むといふことも嬉しかつた。
『それにしても、お宅のは?……御出《おいで》になる所は分つて居るのですか』
『大抵は知れて居るのですけれどな……何《ど》うも不都合で困るぢやな』
『御心配ですねえ』
 かう主婦は同情した。
 船頭は竿《さを》を弓のやうに張つて、長い船縁《ふなべり》を往つたり来たりした。竿《さを》を当てる襦袢《じゆばん》が処々《ところどころ》破れて居た。一竿《ひとさを》毎に船は段々と下《くだ》つて行つた。
 此附近には竹藪が多かつた。水量の多い今は巴渦《うづ》を巻いて流れて居るところもあつた。渡船《とせん》小屋が芦荻《ろてき》の深い茂みの中から見えて居たり、帆を満面に孕《はら》ませた船が二艘も三艘も連つて上《のぼ》つて来るのが見えたりした。竹藪の鳥渡《ちよつと》途
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