は東京へ出て行つたきり帰つて来なかつた。約束した仕送《しおくり》は無論寄さなかつた。後《のち》には手紙が附箋《ふせん》を附けたまゝ戻つて来た。
 東京に出かけて行けば、探《さが》す手蔓《てづる》はいくらもある。中にはその居る所を教へて呉《く》れたものもある。しかし出懸《でか》けて行く旅費もないほどその家は困つて居た。その美しい娘はもう五月《いつつき》近い腹をして居りながら、乱れた髪をしてせつせと機《はた》を織つて居た。其処《そこ》に丁度《ちやうど》隣りの一家族の上京――で、頼んで無賃《ただ》で乗せて行つて貰へるのを喜んだ。

     四

『常《つね》さんがしつかりして居るから、お宅ぢやもう心配なことはない』
 隣の老人はかう主婦に言つた。
『何《ど》んなもんですか……苦労しに東京に行くやうなものかも知れませんよ。年寄に子供、力になるのは常《つね》ばかりですから』主婦は鳥渡《ちよつと》考へて、『それも、月給でも沢山取れるものなら好いですけれど……』
『始めからさう旨《うま》い訳には行かないぢや……』笑つて見せて、『けれど、正公《しやうこう》も成長《おほき》くなつたし、定公《さだこう》
前へ 次へ
全26ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング