田池を照して、溺れた人の髪の散乱せるあたりには、微かな漣《さざなみ》が、きら/\と美しく其光に燦《きら》めいて居る。一間と離れた後の草叢《くさむら》には、鈴虫やら、松虫やらが、この良夜に、言ひ知らず楽しげなる好音を奏《かな》でてゐる。人の世にはこんな悲惨な事があるとは、夢にも知らぬらしい山の黒い影!
「あゝ、これが、この重右衛門の最後か」
 と再び思つた自分の胸には、何故か形容せられぬ悲しい同情の涙が鎧《よろひ》に立つ矢の蝟毛《ゐまう》の如く簇々《むら/\》と烈しく強く集つて来た。
 で、自分は猶《なほ》少時《しばし》其池の畔《ほとり》を去らなかつた。

     十一

「人間は完全に自然を発展すれば、必ずその最後は悲劇に終る。則《すなは》ち自然その者は到底《たうてい》現世の義理人情に触着《しよくちやく》せずには終らぬ。さすれば自然その者は、遂にこの世に於《おい》て不自然と化したのか」
 と自分は独語した。
「六千年来の歴史、習慣。これが第二の自然を作るに於て、非常に有力である。社会はこの歴史を有するが為めに、時によく自然を屈服し、よく自然を潤色する。けれど自然は果して六千年の歴史の
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