しその為様《せんやう》を見て居た。
 ぱツとマッチを擦《す》る音!
 同時に
「誰だ!」
 と叫んで自分は走り寄つた。けれどその影の敏捷《びんせふ》なる、とても人間業《にんげんわざ》とは思はれぬばかりに、走寄る自分の袖《そで》の下をすり抜けて、電光《いなづま》の如く傍の森の中に身を没《かく》して了つた。跡には石油を灑《そゝ》いだ材料に火が移つて盛《さかん》に燃え出した。
「火事だ、火事だア」
 と自分は声を限りに叫んだ。

     八

 藤田重右衛門と言ふのは、昔は村でも中々の家柄で祖父の代までは田の十町も所有して、小作人の七八人も遣《つか》つた事のある身分だといふことである。家は丁度《ちやうど》尾谷川に臨んだ一帯の平地にあつて、樫《かし》の疎《まば》らな並樹《なみき》がぐるりと其の周囲を囲んで居る奥に、一|棟《むね》の母屋《おもや》、土蔵、物置と、普請《ふしん》も尋常《よのつね》よりは堅く出来て居て、村に何か事のある時には、その祖父といふ人は必ず総代か世話人に選ばれるといふ程の名望家であつた。現に根本三之助の乱暴を働いた頃にも、その村の相談役で、千曲川《ちくまがは》に投込《はふり
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