、村|開闢《かいびやく》以来の珍事として、大騒を遣つて居りますだア」
「それは左様《さう》だらう」
 少時《しばらく》経《た》つてから、
「で、一体、その悪漢《わるもの》は何者だね、村の者かね」
「はア、村の者でさア」
「村の者で、それでそんな大胆な事を為《す》るといふのは、其処に何か理由がある事だらうが……」
「何アに、はア御話にも何にもなりやしやせん。放蕩者《どらもの》で、性質《たち》が悪くつて、五六年も前から、もう村の者ア、相手に仕なかつたんでごすから」
「まだ若いのかね」
「いや、もう四十二三‥…」
「それぢや分別盛《ふんべつざかり》だのに……」
 と自分は深く考へた。
「御口にア、合ひますめいけど、何にもがアせんだに、せめて、蕎麦なと上つてお呉れんし」
 と妻君は盆を出した。
 自分はもう十分であるといふ事を述べて、そして蕎麦の椀を保護すべく後に遺つた。それでは御酒《ごしゆ》でもと妻君は徳利を取上げたので、それをも辞義してはと、前のを飲干して一杯受けた。
「それにしても……」と自分は口を開いて、
「十何回も放火を為《す》るのに、一度位実行して居るところを見付けさうな者ですがナ
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